月報司法書士 2002年11月号 [Legal Support News]より

第2回国際シンポジウム

「日本とドイツの成年後見制度」
社団法人 成年後見センター・リーガルサポート
広報委員会委員 木暮高久


 第1回のイギリスに続き、今回はドイツから2人の講師をお招きして9月13日(金)に日司連ホールにてシンポジウムを開催した。今回のシンポジウムの参加対象者が専門家であったにもかかわらず、学者、司法書士は言うに及ばず、弁護士、社会福祉士など様々な職種から123名もの出席があり、その関心の高さが窺えた。
 リーガルサポート清水敏晶常任理事の司会により、まず大貫正男理事長から挨拶があった。
 「リーガルサポートは成年後見の実務だけでなく、制度の普及と利用の促進という大きな役割を持っており、その一環として今日のシンポジウムを開催する。成年後見制度の受け皿として我々が、より使いやすい制度を作っていくためには、改善を求める運動もしなければならない。ドイツの世話法は、施行されてすでに10年が過ぎており、ドイツの経験から多くの示唆を得ることが重要と考え企画した」

■基調講演
ドイツ世話法の理論と実務
 最初に、ドイツのマックスプランク研究所主任研究員ベルント・シュルテ氏より、基調講演「ドイツ世話法の理論上の課題」が行われた。シュルテ氏は、ドイツ世話法はもとよりヨーロッパの成年後見制度にも精通している理論家である。シュルテ氏によれば、ドイツの法制度は『人権尊重の哲学』に基づいており、世話法を英語では「ケア・アンド・アシスタンス」と言う。ケア、すなわち介護の言葉の中には一定程度管理する、コントロールするという意味が含まれており、それでは十分ではないということで、アシスタンス、すなわち補助、手助けしてもらうという言葉も合わせたということだ。これは個々の事例一つひとつにおいて、必要な場合に限ってのみ必要な世話がなされるというようなきめ細かいサービスが享受できるということのようだ。まさに、本人の尊厳を重んじ、本人の福祉に適うように事務処理を行わなければならないということが基本にあると言えよう。
 続いて、州法務省の事務次官として成年後見を所管している、ペーター・ヴィンターシュタイン氏による基調講演「ドイツ世話法上の実務上の課題」が行われた。ドイツの制度の三本柱、裁判所、エージェンシー(裁判所をアシストする省庁)、世話人協会の運用が州に任されているために、地域によってうまく機能しているところと、していないところがあるという。また、世話を受けている被世話人の数が今年100万人を超え、コストの問題が大きな障害となっている。7割は、名誉世話人という無償で世話人を務める人、三割がプロとしての世話人であるが、コスト面で過去3年間、毎年経費が10パーセント上昇しているという。しかし、今までの改革の議論がコストを抑えることのみに走ってしまった結果、最近では、世話人が行った仕事の質が今また大きな問題となっている。そこでドイツでは現在、さらなる改革を目指した委員会が発足し、来年6月までにこれらの問題を解決することを提案することにはなっているという。ヴィンターシュタイン氏自身この委員会のメンバーであり、苦労されているようだ。

■シンポジウム
一、日本の現状とドイツの特徴
 メインのシンポジウムでは、講演されたシュルテ氏、ヴィンターシュタイン氏に、リーガルサポートからは岩澤勇副理事長、東京支部山?政俊副支部長がシンポジストとして登壇し、筑波大学大学院新井誠教授によるコーディネートのもと、いくつかの論点に絞った議論がなされた。
 最初に、岩澤副理事長より、リーガルサポートの実情についての報告がなされ、山?副支部長より実際の活動が紹介された。その中でヴィンターシュタイン氏から、裁判所が後見人を選任する前に後見人候補者を研修していく組織があるという日本の制度の素晴らしさを指摘された。そして、そうした有識者が後見人を務めるほうがはるかによいと述べられたうえで、ドイツの問題点を指摘された。
 シュルテ氏からは、日本とドイツには多くの共通点があるが、大きな違いもある。ドイツは連邦共和国で、地方自治体によって世話法の施行面に違いがあり、任意の組織の活動も活発な点が特徴であるが、その結果、分散している。日本は中央集中型で行われており、この方がよいと思う。そして日本とドイツの共通の課題としては、世話人、後見人の質に一定の基準が必要だ。医療の分野同様にそうした基準が制定されてしかるべきだと考えている、と述べた。

■二、日本とドイツの制度利用状況
 次に、新井教授より、ドイツの利用はすでに100万件を超えている一方、日本では、法定後見が2万件、任意後見が2000件となっている。ドイツの人口約8200万、日本の人口約1億2000万として、いったいどれくらいの利用が適当なのか、という制度の利用についての論点が提示された。
 シュルテ氏によれば、州によって多い、少ないは様々だが、ドイツでの利用者数が多い要因は二つあげられる。一つは新法が旧法に比べてはるかによい制度になったということだ。後見人をつけるということは、ケアを受けるだけでなく、コントロール、そして補助も受けられる。こういうところから気軽に裁判所に行って申立てられるようになった。もう一つは、後見人を選任する前に、他の手段があるはずなのに誤ってすぐ適用してしまい、適切に活用されていないということだと述べた。
 一方、日本の場合はどうかというと、旧法の禁治産制度の時代が2〜3000件程度であったことから、比較すると増えてはいる。岩澤副理事長は、裁判所と市民の距離がドイツより遠いこと、かかる費用の問題もある。地域、地方など、血縁の絆の強いところが多くあることを述べ、山?支部長は、世話人と後見人ではイメージがそれぞれの国で異なり、それが利用する、しないの違いになっているという。制度の広報の足りなさも大きな要因と思う、と述べた。
 さらに、シュルテ氏は、日本の方がドイツに比べはるかに裁判所の数、裁判官の数も少なく、日本人はドイツ人と比べて裁判所に行くのをあまり好まない国民性があるのではと指摘した。

■三、任意後見制度と法人後見の利用
 次に、新井教授は任意後見の問題を取り上げた。日本では、任意後見と法定後見は車の両輪であるが、ドイツでは法定後見が優先される。現在のドイツでは100万件の法定後見のコストを任意後見によって削減しようと、任意後見制度利用のPRに懸命だ。ドイツにおいて今任意後見がどのくらい利用されているかは、登録されているわけではないのでわからないが、ドイツにおいて任意後見に該当するのは暫定代理権ということであり、ドイツの法のもとにおいて直接明記されているわけではなく、今後法律に直接規定しようと検討中である。ドイツで立法される時は、日本の制度をぜひ参考にしてほしい、と結んだ。
 法人後見についても、最近日本で利用されることが増えてきたが、ドイツでは個人での後見が原則で、法人は例外的にしか利用されていないという。岩澤副理事長からは、どちらが優先するとの問題ではなく、本人にとってどちらが望ましいのかによって決めればよいとの考えが述べられた。法人後見のメリットとしては、長期にわたる後見事務の継続性の確保ができ、当事者本人が若い時にはこちらの方がよいこと、また、管理なども組織として行うので信頼性が増すこと、ノウハウも組織的に蓄積でき、より次元の高い後見事務が期待できること、財産の所在が広範囲にわたる場合対応しやすい等の点が指摘された。デメリットとしては、一つの不正が全体の信用に波及してしまうこと、ともすれば意思決定に時間がかかってしまうこと、一担当者にすぎないとの考えから無責任になる恐れが生じること、画一的に処理されやすいこと、が指摘された。そのうえでドイツでは、人間的に扱うために個人を優先しているが、日本ではメリット、デメリットをうまく工夫して信頼性を高めればよいのではないかと述べられた。
 また、山?副支部長より、法人後見の現在申立て中のケースが紹介された。
 法人後見は日本の特徴だが、現在担い手となっているリーガルサポートの組織がしっかりしていれば、今後益々利用されていくのではないかと感じた。

■四、後見人の資質
 最後に、後見人のクオリティの問題が取り上げられた。いったいどういう人が世話人、後見人に向いているのだろうか、という点である。
 ヴィンターシュタイン氏によれば、最も大事なもの、なされるべき職務は法的な補助、リーガルアシスタントだという。学者の中にはソーシャルワーカーが一番適任ではないかと言う人もいるが、法律家としての訓練・教育を受けた人が最もふさわしい。ドイツではまさにその知識の低さが問題だという。職業的な側面以外の、後見人のパーソナリティとしては、強い性格、堅固な人格が必要だ。悪用する機会があるだけに、正しいことをやりたいという気持ちが大事だ。それと、共感できる気持ち、人を助けたいという気持ちが大事である。とは言っても一定の距離を保つことも必要だと述べられた。
 シュルテ氏は、法律知識、社会福祉の知識、医学の知識と色々必要だが、益々重要になるのが倫理観だろうと指摘した。
 日本側の岩澤副理事長からは、リーガルサポートが組織としてスタートする時に重視したのはまさに人的資源の育成、資質の向上であり、そのため研修制度を取り入れた。そして、そこで求められるものの一つは本人との信頼関係、もう一つは周りから公正性を疑われないような執務姿勢、さらに協調性であると述べられた。
 世話法の施行後10年が経過したドイツでは、今改めて、世話人、後見人の質が問われていることが窺え、一方、スタートしたばかりの日本では、いやリーガルサポートではその点について十分認識した上で活動していこうという姿勢がはっきり感じられたやりとりであった。
 最後は、シュルテ氏の「人が年をとるということ」についての詩の朗読で終わるという、素敵な演出があった。

 こうして、4時間30分に及んだシンポジウムが終了したが、ドイツの2名が英語で話し、それを通訳して進めるというやり方だったため、十分に議論が尽くされたとは言えないが、ドイツ、日本双方にとって大変有意義なシンポジウムであったと感じた。今度のドイツの法改正が大変楽しみである。